からだの中の脂質代謝

中性脂肪やコレステロール以外に多くの脂肪酸は人の体内で合成することができます.しかし,必須脂肪酸は私たちのからだにとって必要不可欠な脂肪酸ですが,体内で合成できないため,食事から摂取する必要があります.主要な必須脂肪酸には,細胞膜の構成成分であり,免疫機能や炎症反応の調節に関与するリノール酸 (オメガ-6系)と,心血管系の健康維持や脳の発達に重要な役割を果たしているα-リノレン酸 (オメガ-3系)です.エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)はα-リノレン酸から,アラキドン酸(AA)はリノール酸から合成されますが,不足しがちですので,バランスの取れた食事でこれらの脂肪酸もとるようにしましょう.
外因性経路と内因性経路

脂肪酸,中性脂肪,コレステロールは肝臓など体内で合成されますが,食事からも摂取します.腸管から吸収された栄養物のうちぶどう糖や果糖,脂肪酸の一部は門脈と言う血管を通って肝臓に運ばれます.この場合,水に溶けない脂肪酸は血液中のたんぱく(アルブミン)とくっついて血液中を移動します.また多くの脂肪成分やコレステロールはカイロミクロン(CM)となってリンパ管に入り,その後は体循環に入り,肝臓に取り込まれますます.脂肪酸は皮下脂肪や内臓脂肪からも供給されます.脂質代謝で,食事由来は『外因性経路』と呼ばれCMが担当します.体内で合成される場合は『内因性経路』と呼ばれVLDLが担当します.VLDLはIDLを経てLDLに変化し,末梢組織で利用されます.
リポ蛋白とアポ蛋白

今度はリポ蛋白を中心に図に示します.リポ蛋白は脂質(脂肪)とタンパク質が結合してできた分子複合体です.脂質は水に溶けにくいため,血液中の運搬にはリポ蛋白と結合する必要があるのです.アポ蛋白は,リポ蛋白のタンパク質部分です.アポ蛋白は脂質代謝の調節やリポ蛋白の構造を安定させる役割を果たします.また,アポ蛋白はリポ蛋白が受容体との結合を助ける役割もあり,これによってリポ蛋白が体内の特定の細胞に運ばれることができます.アポ蛋白の濃度に偏りがあると,脂質代謝に狂いが生じてしまいます.
アポAⅠ:主にHDL(高密度リポタンパク質)に含まれるアポ蛋白です.アポAⅠは,コレステロールの輸送と除去に重要な役割を果たし,心血管疾患の予防に寄与します.
アポAⅡ:アポAⅠよりも少ない割合でHDLに存在しますが,多すぎるとアポAⅠの機能が一部抑制される可能性があります.
アポB:主にLDL(低密度リポタンパク質)やVLDL(超低密度リポタンパク質)に含まれるアポ蛋白です.アポBは,コレステロールを細胞に運ぶ役割を果たします.B48 はCMに,B100はVLDLに付きます.アポBレベルが高いと動脈硬化や心血管疾患のリスク上昇と関連しています.
アポCⅡとアポCⅢ:共に主にCMやVLDLに存在します.アポCⅡはリポプロテインリパーゼ(LPL)の活性化を助け,中性脂肪を分解して細胞に脂肪酸を供給します.逆にアポCⅢはLPLの活性を抑制して中性脂肪の分解を減少させ,VLDLの代謝を遅延させます.そのため,アポCⅢが高いと高中性脂肪血症や動脈硬化症のリスクになる可能性があります.
アポE:主にVLDLやHDLに含まれるアポ蛋白です.アポEは,リポタンパク質の代謝と再利用に重要な役割を果たし,脂質の輸送と分布を調整します.
酸化LDL

酸化LDLはLDLが酸化されたもので,図のように正常なLDLとは構造や性質が変わるため,非正規なルートで血管内皮に蓄積することで動脈硬化を引き起こします.MDA-LDL(Malondialdehyde-modified LDL)は,酸化LDLの一種で酸化ストレスマーカーとして,冠動脈疾患の予後予測にも役立つとされています.酸化LDLは体内の酸化ストレスや炎症によって促進されます.具体的には,血中のLDLが活性酸素やフリーラジカルなどの酸化物質によって酸化されることで生成されます.酸化ストレスの要因としては喫煙,過剰なアルコール摂取,慢性疾患,過度の運動などが挙げられます.一方,食事も酸化LDLの生成に影響を与えることがあります.特に,高脂肪食や高カロリー食,トランス脂肪酸を多く含む食品の摂取は,体内での酸化ストレスを増加させ,酸化LDLの生成を促進する可能性があります.逆に,抗酸化物質を多く含む食品(例えばビタミンCやビタミンE,ポリフェノールなど)は酸化LDLの生成を抑制する効果があります.
動脈硬化の機序

動脈硬化の機序を説明します.
1. 血管内皮細胞の損傷:内皮細胞の損傷は,高血圧,喫煙,高脂血症,糖尿病などの要因によって引き起こされますが,この損傷により,血管内皮のバリア機能が低下します.高脂血症の場合,血液中のLDL濃度が高い場合のほか,レムナントなどの代謝過程物質,LDLより小さく密度が高いsdLDL (small dense LDL),酸化LDL,糖で変性した糖化LDLなどが血管内皮細胞に侵入することから始まります.
2. 炎症反応と単球の動員:内皮細胞の損傷部位には炎症反応が引き起こされ,血液中の単球が動員されます.単球は血管内皮を通過して血管壁に移動します.
3. 単球からマクロファージへの分化:血管壁に到達した単球は,マクロファージに変身し,酸化LDLなどを貪食し,泡沫細胞(フォームセル)を形成します.泡沫細胞は,脂肪性プラークの主要成分となります.
4. 脂肪性プラークの形成:泡沫細胞が蓄積することで,血管壁に脂肪性プラークが形成されます.プラークの蓄積は血管の内腔を狭くし,血流を制限します.プラークの内部は脂肪やコレステロール,細胞の破片などで満たされています.
5. 平滑筋細胞の移動と増殖:血管壁の平滑筋細胞は,炎症反応や成長因子の影響を受けて内膜(血管壁の内層)に移動し,増殖します.平滑筋細胞はコラーゲンやエラスチンなどの細胞外マトリックスを産生し,プラークの安定化に寄与しますが,同時にプラークの肥厚を助長します.
6. プラークの破裂と血栓形成:進行したプラークは,時に破裂することがあります.プラークが破裂すると,血液中の凝固因子が活性化され,血栓(血の塊)が形成されます.この血栓がその血管を完全に閉塞したり,一部がはがれて下流の血管を詰まらせると,心筋梗塞や脳卒中などの重大な病態を引き起こします.
プラークの破綻と急性冠症候群

脂質の蓄積が促進されプラークが形成されますが,冠動脈での局所の炎症反応やずり応力(血液の流れにより血管壁に接する層がずれ動くこと)などの刺激により,プラークが破綻すると血栓が形成されます.急性冠症候群は,心筋(心臓の筋肉)への酸素供給が不足することで生じる一連の症状や病態を指します.一つは不安定狭心症で,冠動脈(心筋に酸素と栄養を供給する動脈)のプラークの破裂や動脈硬化による血流障害が原因です.二つ目は急性心筋梗塞で,冠動脈の完全閉塞によるものです.プラーク破裂や血栓形成が主な原因です.しかし,プラークが破綻しても新生内膜により修復された場合には,狭窄度は進行しまいますがプラークが安定化する場合もあります.